教育する側の悩み
「合理的な理由を伝えても、まったく自分でやろうとしない」
「報酬で釣って動かしてもいいものか?」
育てる側にたつと、悩みは尽きませんね。
いや全く。
この悩みが生じる理由は何でしょうか?
おそらく、多くの場合、自分自身に対して何かを強いるときに有効な方法が、通用しないことがおおいためではないでしょうか。ですので、別の方法を模索する必要があるのです。
ところが、自分自身の中にその答えが無い場合、どうしていいのかと途方に暮れることになるのです。
育つ側の視点に立とう
けれど、その悩みに対する本質的な答え、は意外とシンプルです。
なぜなら、「自立」を視点に考えればよいからです。
すなわち「自分がいなくなっても、その人は生産性を発揮しつづけることができるかどうか?」です。
要するに、自分のことは自分でなんとかできるけれど、自分がいなくなった時のことは、自分には何ともすることが出来ないのです。ということで、育つ側が自分でやっていけるように、育てないといけないわけです。
ところが、何のモチベーションもないのに動くことができる人間はごく少数です。大多数の人間は、動き始めるのに、何らかの動機を必要とします。
この動機、モチベーションは2つに分けられます。「内的動機」「外的動機」です。内的動機は自分自身の気持ち的なもの、外的動機は環境要因、外からの報酬です。
量的に同程度の刺激量であると仮定するとき、人がよりよく育つには、一体どちらが、よりよく作用するのでしょうか?
育てる側に立つと知っておきたいですよね?
さて、その答えですが、有効なものは、プレジデント社 ファミリー2023年秋を参考にすると、概ね下記のようになるそうですよ。参考にしてみてください。
なお、個人的には大いに参考にして、実践するときの判断材料にバリバリ使ってます。結構正しいことを言ってると、経験則から感じます。
うちからのやる気
内的モチベーションは、主に気持ちの面で、「楽しい」という感情によるものでした。
- 勉強内容が楽しいから
- 知ること、しらないことを知ることが楽しい
外からの動機
外的なモチベーションには、意外と感情面がふくまれていました。
- 自己実現のためのやる気
- 目標によるやる気
- プライドによるやる気
- 信賞必罰
うちとそと どちらが良いのか?
上記二つを比較したとき、どちらも短期的には重要だけれども、中長期的なことを考えると、やはり、内的なモチベーションを育てていくことがとても重要になるそうです。
理由はシンプルで、うちからのやる気の方が影響度が大きいからだそうです。
つまり、「楽しいからやる」、という一番インスタントな動機づけが結果的に大きく差をつくる、というわけです。
「好きこそものの上手なれ」ということで、得意なことよりも、好きかどうかを大事にするとよいみたいです。得意なことに依存すると、外的な評価を気にしてしまって、内的なモチベーションが枯渇することもあるみたいです。
結論
飴と鞭はキッカケであって、長期の成長には寄与するとは限らない。ということみたいですね。
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